大阪はチャイの街だった|手鍋で淹れるインド式チャイ名店案内

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近年、「チャイティーラテ」という名前の飲み物を目にする機会が増えた。その一方で、本来のチャイ ── 手鍋で煮出すインド式チャイの存在感は、かえって薄れているのではないか。ふと、そんな疑問が浮かんだ。

では現在、大阪で「きちんと手鍋で淹れた」美味しいインド式チャイを飲める店は、どれくらいあるのだろうか。80〜90年代にチャイショップでアルバイトをしていた、ハンドルネーム “チャイ職人” が街を歩いて確かめてみることにした。

本来のチャイとは

「チャイ」という言葉自体は、ヒンディー語で “茶” 全般を指す。その意味では、キリンの午後の紅茶も、コンビニやスターバックスの「チャイティーラテ」も、広義にはチャイだと言われても否定はできない。

ただ、日本で「チャイを飲む」と言うとき、多くの人が思い浮かべてきたのは別のものだ。それは、手鍋に水とミルクを入れ、茶葉を煮出して淹れる ── インドの日常に根付いた、ごく素朴な飲み物である。

チャイの基本的な淹れ方
1. 手鍋で温めた少量の水に、チャイ用のダスト茶葉を入れて煮出す
2. 牛乳を加え、吹きこぼれそうになるのを何度も抑えながら、じっくり火を入れる
3. 十分に煮出したら、茶漉しでグラスへ注ぐ

ベナレス(ヴァーラーナシー)で屋台のチャイを飲む “チャイ職人”
© 2025 極東⌘近未来研究所(2008年撮影 ベナレス(ヴァーラーナシー)で屋台のチャイを飲む “チャイ職人”(右) )
エジプト鉄道の車内販売のチャイ
© 2025 極東⌘近未来研究所(2010年撮影 エジプト鉄道の車内販売のチャイ)

ジンジャーやカルダモン、クローブなどのスパイスを加えることも多い。ミントのような葉物を除き、スパイスは牛乳を入れる前に鍋へ投入し、しっかり煮出すのが基本だ。本場インドのチャイは砂糖たっぷりで甘い。一方、日本では甘さやスパイスの使い方は店ごとに異なり、そこに “その店のチャイ” が表れる。

日本のチャイの歴史

自分がアルバイトしていたチャイショップは「カンテ グランデ(通称カンテG)」だった。ウルフルズのメンバーが “同じバイト仲間” として出会った店としても知られ、音楽好きの間では少し特別な場所だ(ウルフルズというバンド名を考えていた時には自分も一緒に厨房にいたし、同じ大阪マルビルB2店にはダウンタウンの放送作家として有名な高須さんも同時期にいたのだが、そのあたりはまたの機会に)。今もウルフルズのファンが “聖地巡礼” として訪れる中津本店の建物は、当時の一戸建てからマンションへと姿を変えたが、空気感だけは今もどこかに残っている気がする。

1988年頃、中津の淀川河川敷にて撮影したウルフルズのメンバー ※公式非公開のため転載厳禁
© 2025 極東⌘近未来研究所(1988年頃、中津の淀川河川敷にて撮影したウルフルズのメンバー ※公式非公開のため転載厳禁)

日本で「チャイ」という言葉と味が広まった背景には、カンテGの存在が大きい。その影響力から「チャイの聖地」と呼ばれることもあるが、実は物語はもう少し前から始まっている。 

1970年代中頃。
大阪・堂島のティーハウスムジカで提供されていた “シチュードティー(煮込み紅茶)” に着想を得て、谷町八丁目交差点近くにあった伽奈泥庵(カナディアン)が、日本におけるインド式チャイの基本形を生み出したとされている。ほぼ同じ時期に、カンテGは独自解釈の「ノースパイスのチャイ」を打ち出し、チャイは静かに、しかし確実に広がっていった。

インド式チャイのメッカとも言える大阪では、80年代から90年代にかけて、チャイを提供する名店 ── 当時は「インド喫茶」と呼ばれていた店がいくつも存在した。伽奈泥庵(カナディアン)、心斎橋のガネーシュなど、名前を挙げればきりがない。ただ、その多くは時代の流れのなかで姿を消し、いまはもう現存していない。それでも、彼らがつくった “日本のチャイの原風景” は、確かにここ大阪から始まっていた。

自宅で淹れるチャイ
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年撮影 自宅で淹れるチャイ)

大阪で出会う、本格インド式チャイ

一口にチャイと言っても、淹れ方や味わいは店ごとに異なる。本章では、インド料理店やカレー店を除くチャイショップやカフェを対象に、大阪でインド式チャイを提供する店を中心に紹介する。

本格派チャイの原点を味わう専門店/チャイ工房

チャイ工房公式サイト
大阪市大正区北村1-14-9

レトロなアパートを改装したカフェ。オーガニックのスパイスや野菜を使って作る辛くないカレーと、無農薬の紅茶を牛乳で煮出したチャイやヘルシーなケーキを提供。手作りの器や、気まぐれにいる看板猫のチャコも癒してくれる。

チャイ工房
© チャイ工房

今の大阪で、本格的なチャイを飲むならここ一択かもしれない。加えてアレンジを施したオリジナルメニューもあり、何度も通って色々味わいたい気になる。店内は、長屋の外見からは想像がつかない広くて落ち着いた空間で、(無印良品を彷彿させる)落ち着いたBGMもかかり、長居をしたくなる居心地の良さ。平日の昼下がり、大学生が一人でチャイを飲みながら勉強をしていた。

チャイ工房のチャイ
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年撮影)

チャイ工房では水を使わず牛乳のみで茶を煮込むので、濃くて美味しいチャイが味わえる。

チャイ工房のメニュー
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年撮影)

ノーマルのチャイでも十分濃くて美味しいのに、「エスプレッソ 濃いチャイ」だとどれほど濃いのか、まだ飲んだことはない。

チャイ工房のメニュー
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年撮影)
チャイ工房のメニュー
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年撮影)

チャイ文化を根づかせた名店/カンテ グランデ(カンテG)

カンテ グランデ公式サイト
中津本店:大阪市北区中津3丁目32-2

CANTE GRANDE(カンテG)は日本におけるチャイ文化を広めた代表的な店だ。1972年に中津で創業され、チャイや様々な紅茶、手作りケーキ、カレーやチャパティを提供してきた。現在は阪急西宮ガーデンズ店や梅田にカレー屋がある程度だが、DCブランド最盛期には阪急ファイブ(現HEP FIVE)、アメリカ村 2店舗、ウメチカ泉の広場(現Whityうめだ)、大阪マルビルなど主要なファッションビルなどに常時3,4店舗を構え、その後阪急三番街、なんばCITY、靱公園、天王寺ミオ、NU̲茶屋町プラス、グランフロント大阪などでも展開していた。

カンテグランデ
© カンテ グランデ

日本におけるチャイ文化を広めた代表的な店とされているが、厳密にはウルフルズの歌詞に登場したことで全国にチャイ文化が広がったのかもしれない。80年代はエスニック色が強く閉鎖的な店構えで、入口から中に入るのも怖いと言われるほどだった。チャイをメニューに加えたころはスパイスのきいた紅茶を出す店は国内でほとんどなく、ミルクで煮出すものも知られていなかった。古いメニューでは「たきこみミルク茶」という説明を添えていた。

カンテGの80年代のメニュー
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年 カンテGの同窓会で撮影した80年代のメニュー)

梅田の店を中心に行列ができるほど忙しかった全盛期でも、ゆったりとした空気が流れていた中津本店では特にチャイはこだわりをもって淹れられていたが、経営者が変わり様々な取り組みを進める中で、ジンジャーチャイを頼むとプレーンチャイにジンジャーの粉が付いてくるようになった。ただスパイスチャイは80年代のメニューとほとんど変わらず、ミントチャイが無くなった以外はマサラチャイ、アニスチャイ、ジンジャーチャイ、カルダモンチャイ、カトマンズチャイなど現存していて、加えてアイスチャイとは別にチャイフロートなんていうものもあり、進化も見られる。

カンテGのチャイ
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年撮影)

洗練された空間で楽しむチャイ/Chai & Tea Stand mani

Chai & Tea Stand mani公式サイト
大阪市西区新町2丁目12-7

店内は広くはないが、木の温もりを感じるインテリアで統一され心地良い。エスニックな雰囲気ではなく現代的でお洒落なカフェでインド式チャイを飲める、2022年オープンの貴重な店だ。

Chai & Tea Stand mani
© mani

「手間暇かけて一杯一杯丁寧に淹れたチャイをご提供」と謳っているが、作り置きを冷蔵庫から出して手鍋て温めていた。味は美味しいので、こだわらなければアリだろう。

Chai & Tea Stand maniのチャイ
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年撮影)

長年チャイを作ってきた経験から、美味しいチャイのポイントは “煮込み方” にあると考え、牛乳と1:2の割合で割って飲むチャイベースというものを店内で一から製造し、販売している。

Chai & Tea Stand mani
© mani
Chai & Tea Stand mani
© mani

コーヒースチーマーで仕上げる個性派チャイ/AKASH CAFE(アカシュカフェ)

AKASH CAFE公式サイト
本町店 大阪市中央区久太郎町3-1-22

ミニマルな空間と感度の高い客層、その組み合わせのチャイショップがビジネス街の中心にあるというのも面白いが、そこで提供するチャイの淹れ方にも驚いた。

AKASH CAFE
© AKASH CAFE

茶葉と水と牛乳をミルクポットに入れ、80度に設定したコーヒースチーマーで泡立てながら温め、茶漉しでこしてコップに移すという作り方を採用している。所要時間は約2分。手鍋を使わずに淹れるこの飲み物もチャイと呼ばせるのかと戸惑ったが、チャイ文化の裾野を広げるという意味では、これはこれで一つの正解なのだろう。

AKASH CAFE
© AKASH CAFE
AKASH CAFE
© AKASH CAFE

スパイス感は強く茶と牛乳もしっかり混ざってはいるが、煮出し感が弱く、最近よくあるチャイティーラテ、つまりミルクティーに近い印象をもった。手鍋で淹れる作り方や濃厚なインド式チャイの味を意識しないのであれば、フランクに話せる店の方もおられて良い店だ。

AKASH CAFEのチャイ
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年撮影)

下手なチャイより“チャイらしい”ミルクティー/ロンドンティールーム

ロンドンティールーム公式サイト
堂島本店 大阪市北区曽根崎新地2-1-23 JPR堂島ビルB1F

ロンドンティールームは、大阪で長く愛され続ける老舗喫茶。濃厚なロイヤルミルクティーをはじめ、紅茶文化の奥深さを気取らずに味わえる一軒だ。

ロンドンティールーム
© ロンドンティールーム

ロンドンティールームといえば、煮込み式のロイヤルミルクティー。創業から40年以上看板メニューとして愛されてきた「ロイヤルミルクティーの製造方法」は、
 ・雑味を抑えるためのブレンド茶葉
 ・再現性の高いレシピ
 ・冷やし寝かせるとうま味が増す特性
という点で特許を取得している。

ロンドンティールームのロイヤルミルクティー
© ロンドンティールーム

ロイヤルミルクティーとチャイは、どちらも「湯で茶葉を煮出し、ミルクで煮込む」という点ではよく似ている。ただし、その成り立ちはまったく異なる。

ロイヤルミルクティーは、日本のミルクがイギリスのものより水っぽかった時代に、本場のミルクティーの濃厚さを再現するため、煮込みという手法が生まれた。一方、インド式チャイは、良質な茶葉がイギリスへ輸出され尽くした状況のなか、かき集めた茶葉を煮出し、ミルクと大量の砂糖、スパイスで味を整えるための工夫だった。煮込みによる渋みや雑味を甘みと香りで包み込み、結果として甘さと辛さが心地よく重なるチャイが完成したのである。

ロンドンティールームのメニュー
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年撮影)

下手なチャイを出す店に行くより、ロンドンティールームでロイヤルミルクティーを頼んだほうが、よほど “美味しいチャイ体験”ができる。文句なしに旨い。

ロンドンティールームのロイヤルミルクティー
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年撮影)

ファッションの視点で再解釈したチャイ専門店/COBACHI CHAI

COBACHI CHAI公式サイト
COBACHI CHAI OSAKA 大阪市北区豊崎1-7-22 リバティー91
※2025年11月から改装工事のため長期休業中

大阪発のファッションブランド「RYU」が手掛けているチャイ専門店。日本食において栄養や彩りの調和を保つ橋渡しのような存在の “COBACHI”(小鉢)とネーミングし、人と人、人と物を結び、日々の営みに静かな調和をもたらす存在を目指している。

アッサムを使用したチャイのほか、伊勢抹茶を使用したオリジナルチャイをラインナップ。その他ジュースやスイーツ、BARメニューではチャイのカクテルやスパイスを効かせたカクテルなども用意。クールなインセンスも販売。

COBACHI CHAI
© COBACHI CHAI

店の公式サイトに掲載されているチャイの作り方の動画によると、ガラスの手鍋に最初から茶葉、水、牛乳、砂糖を同時に入れて約5分弱火で煮出す方法で、紅茶葉をお湯で煮詰めてからミルクを注ぐ一般的な方法とは異なる。また、沸騰しかけたら火を止めるので、正確には煮出しているわけではない。

COBACHI CHAI
© COBACHI CHAI

2025年11月から改装工事による長期休業中で実際に同店のチャイを飲めていないので、再開が待ち遠しい。

老舗の生み出したチャイと、これからの広がり

日本におけるインド式チャイの原型を生み出したとされる伽奈泥庵(カナディアン)。その着想の源には、ティーハウスムジカの煮込み紅茶があり、さらにそのムジカには、のちにロンドンティールームを創設する人物がアルバイトとして関わっていた。80〜90年代、インド喫茶的な名店が各地に存在し、店と人がゆるやかにつながり、影響し合っていたことは実に感慨深い。それだけチャイという存在が新鮮で、多くの人を強く惹きつけていたのだろう。

当時のままの姿で残る店は少ないが、伽奈泥庵のDNAを受け継ぐチャイ工房や、心斎橋ガネーシュ出身者によるガネーシュN(北インド家庭料理店)など、あの時代の空気やチャイへの思想に今も触れられる場所は確かに存在する。手鍋で淹れる一杯のチャイは、過去の遺産であると同時に、これからも静かに広がり続けていく文化なのかもしれない。

ガネーシュNのカレーセット
© 2025 極東⌘近未来研究所(2025年撮影 ガネーシュNのカレーセット)

チャイ文化が広がるにつれ「チャイ=インド」という単純な図式は薄れていくが、それでも “チャイ職人” は、いつか再びインドへ向かう。ベナレスに満ちる音と空気は、夢のように、あるいは夢よりも生々しく、今も記憶の奥で鳴り続ける。

ガンジス川から見たベナレス(ヴァーラーナシー)のガンガー・アールティ
© 2025 極東⌘近未来研究所(2008年撮影 ガンジス川から見たベナレス(ヴァーラーナシー)のガンガー・アールティ)

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