ずっと引っかかっていることがある。
自分がテクノに目覚めたのは、中学生の頃だった。1978年に結成されたYMO――イエロー・マジック・オーケストラ。シンセサイザーやコンピューターを駆使し、それまでのロックやポップスとはまるで違う、機械的で未来的な音楽を世界に広げた。だから、YMOはテクノを生み出したグループなのだと思っていた。
ところが、いつの間にかYMOは「テクノポップ」というカテゴリーに収められている。「テクノ」+「ポップ」。そう言われると、当然その前に「テクノ」が存在していたことになる。
では、その「テクノ」とは何なのか。
調べてみると、「テクノミュージックの本格的な誕生は1980年代、アメリカのデトロイトが発祥とされている。」と説明されている。なるほど。いまクラブで鳴っている、あの「テクノ」のことなら、それは確かにデトロイトが大きな起点になっている。
でも、そこをさらに遡っていくと話はややこしくなる。
1970年代の西ドイツ。クラフトワークがシンセサイザーやドラムマシンを駆使し、徹底して電子的なサウンドによるポップミュージックを作り始めていた。機械的で未来的なその音楽が、「後の」テクノに直接的な影響を与えたという。
ならば、テクノは70年代に生まれ、80年代のデトロイトで完成した、と考えることもできる。
なのにYMOは「テクノのプロトタイプ」などと呼ばれる。
……あれ?
最初から存在していた「テクノ」という言葉を、80年代になって別の音楽が「これがテクノだ」と再定義し、それ以前の音楽を「テクノの原型」や「プロトタイプ」として整理してしまったのではないか?
もちろん音楽史はそんな単純なものではない。ジャンルは誰かがある日突然発明するものでもないし、音楽は国境や年代をきれいに越えていく。それでも、自分にはずっと、この分類が少し腑に落ちなかった。
自分がYMOに求めていたもの
話をYMOに戻そう。
中学から高校にかけて、自分が夢中になって聴いていたYMOには、はっきりとした魅力があった。それは、少ない音数。そして、同じフレーズを執拗なまでに繰り返すこと。
メロディーが次々と展開していく音楽ではない。音を足して盛り上げていくわけでもない。一定のリズムとベースライン、短いフレーズが何度も何度も繰り返される。その反復の中に、ほんの少しだけ音が変わったり、抜けたり、別の音が差し込まれたりする。
それがたまらなく格好よかった。自分は、それを「テクノ」だと思っていた。
ところが現在、「テクノ」はもっと広い意味で使われている。一般的には電子楽器やコンピューターなどを使って作られるダンスミュージックの一ジャンル、といった説明になる。もちろん、それもテクノだ。でも、自分がYMOに感じていたものとは、少し違う。
そこで出てくるのが「ミニマル・テクノ」という言葉だ。音数を極端に削ぎ落とし、短いフレーズやリズムパターンを反復させながら、わずかな変化によって音楽を展開していく。調べてみると、ミニマル・テクノは「1990年代初頭、デトロイト・テクノの派生として、音を削ぎ落とすスタイルが始まった」と説明されていることが多い。
しかし、これにもまた引っかかる。
1981年。YMOは『BGM』を発表し、続いて『テクノデリック』を発表している。特に『テクノデリック』では、当時としては先鋭的だったサンプリング技術を取り入れ、短い音の断片や反復を大胆に使った。音を増やすのではなく、削る。繰り返す。そして、その反復の中に生じる微細な変化を聴かせる。それは、自分がいま「ミニマル・テクノ」と聞いて思い浮かべる音楽と、驚くほど近い。
もちろん、後のミニマル・テクノと1981年のYMOを、そのまま同じジャンルとして扱うことはできない。時代も、機材も、音楽が置かれていた場所も違う。それでも、少なくとも「こういう音楽をテクノと呼びたい」と自分が感じていたものは、YMOの中に確かにあった。
だから今回は、音楽史としてYMOを「テクノの元祖」と認定しようという話ではない。
(小学校では給食時の「お昼の放送」でライディーンがかかったりもしていたが…)中学生の頃からYMOを聴き続けてきた自分が、いま改めて聴いても「これはテクノだ」と思う曲を選んでみる。
そして、その曲を聴くときに注目したいのが、ベースだ。
YMOの音楽をテクノとして聴くと、ベースラインが驚くほど重要な役割を果たしていることに気づく。
少ない音数。
反復するフレーズ。
機械のように正確なリズム。
そして、その上に積み重なる電子音。
今回は、そんなYMOの「テクノ」を、ベースラインからもう一度聴いてみたい。
YMOの中にある、ミニマルな反復
では、実際に聴いてみよう。YMOの作品の中から、自分が「これはテクノだ」と感じていた曲を紹介する。基準は概ね、音数が少ないこと、短いフレーズが繰り返されること、そして、その反復を支えるベースラインが強烈であること、といったところだ。
YMOのすべてがミニマル・テクノというわけではない。むしろYMOは、ポップス、ファンク、ニューウェーブ、現代音楽、民族音楽など、さまざまな音楽を取り込んできたグループだ。だからこそ引き込まれてきたのだと思う。その広大な音楽性の中から、ふと「これは、今聴いても完全にテクノだ」と思える瞬間が現れる。今回はそこを、ベースラインから聴いてみたい。
原曲を聴き、次にベースだけを聴く。すると、これまで何気なく聴いていたYMOの曲が、少し違って聞こえてくるはずだ。
U・T/ユーティー
収録されているアルバムは1981年発表の『BGM』。テクノポップを世界で大ヒットさせた反動で、真逆の方向性を進化させ、マイナー調の楽曲を多く含む。そのため、今回この「U・T」以外にも数曲取り上げている。なお、この「UT」は後年、イギリスの音楽雑誌「NME」で「ハードコアテクノの元祖」と評されたこともある。
タイトルは「Ultra-Terrestrial」(超地球的存在)の略で、翌年には映画「E.T.」が公開された(ETはExtra-Terrestrial(地球外的存在、地球外生命体)の略)、そんな時代なのだが、「未知との遭遇」は1977年、「2001年宇宙の旅」に至っては1968年公開の作品なので、宇宙や人工知能への世界の関心がYMOの頃に特に高まっていたわけではなさそうだ。ただ、インダストリアルで即興・実験的なテクノは、そういうイメージと結びつくことが多い。
原曲はApple Musicから。
ベースラインはもちろん、鍵盤ベーシスト mononさんの動画から。動画で演奏を見ると、そのスピード、反復性がよく分かるだろう。
Music Plans/音楽の計画
延々と繰り返されるベースライン。トリップしそうで気持ちがいい。
Nice Age/ナイス・エイジ
ベースラインの演奏を観なくとも、インパクトの強いコーラス部「She’s at a nice age〜」。そして極め付けは「ニュース速報〜」のナレーション部分。当時は何を話しているのか分からず、一生懸命聴きながらもその格好良さに痺れていた。
歌詞は「ニュース速報 22番は今日で1週間たってしまったんですけれども でももうそこにはいられなくなって 彼は花のように姿をあらわします She’s coming up like a flower」。セッションを予定していたポール・マッカートニーが大麻不法所持で逮捕勾留されたことに触れたもので、読んでいるのはなんと元サディスティック・ミカ・バンドのボーカリスト福井ミカさんだった。
1980年に発売されたアルバム『増殖 – X∞ Multiplies』は、曲間に挿入されているコント「スネークマンショー」も含め毒気の強いものが多いが、自分的にはYMOはこの時にはすでに(ミニマル)テクノを極めていたと思う。
ベースラインはニュース速報の始まるところから。動画の1:37から2:17まで40秒にわたって延々と同じキーを打つmenonさんも格好いい。
Pure Jam/ジャム
YMOの楽曲はそれぞれが良くて甲乙つけがたいのだが、個人的にいちばん好きなアルバムと言われれば、初期のキャッチーなテクノポップから離れ、音のループや機械的なリズムの反復が追求された、この『テクノデリック』になる。発売は「BGM」と同じ年(1981年)の11月。当時最先端のサンプラーで工場の稼働音や生活音をリズムに昇華させるなど、無機質で実験的な曲の数々に、(もしかしたらリアルタイムではなく2年ほど遅れて耳にしたかもしれないが)ちょうど多感な時期だった自分は影響を受けた。
曲は、普通に聴いても印象的なメロディーとベースラインが冒頭から登場するが、menonさんの鍵盤ベースを視覚的に見るとより一層、そのミニマリズムさが伝わるだろう。
Key/手掛かり
『テクノデリック』の8曲目。ノーマルで聴くとベースラインは控えめだが、エッジの効いた16ビートをしっかりと刻んでいる。そのシンセベースの機械らしさに、生々しいボーカルが乗っかっているところが面白い、というかYMOらしい。
自分的ミニマリズムベースラインのクライマックスは2:02から。2:51まで延々と同じキーを繰り返す様子は必見。
Solid State Survivor
「TECHNOPOLIS (テクノポリス)」や「RYDEEN (雷電/ライディーン)」といったメジャー曲も含まれるアルバム、『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』の表題曲として8曲目に収録。2枚目のアルバムですでにここまでテクノ感のある曲があることに驚かされる。Wikipediaの情報によると「この頃からクラフトワークやYMOを指して「テクノ」「テクノポップ」というキーワードが使われ始め、細野はようやく「ああ、(自分たちは)そうなんだ」と気がついた」そうだ。
このアルバムでは、個人的には「CASTALIA (キャスタリア)」が一番好きかもしれない。ただmenonさんの演奏で見ると、この曲が最もテクノっぽい。ベースは冒頭から格好いいのだが、0:16〜0:22のような一定の音階のままの反復がたまらない。曲の中で何度も出てくるのでずっと聴いてしまう。
Rap Phenomena/ラップ現象
上で紹介した「U・T」「Music Plans」と同じアルバム『BGM』に収録。今回ここで複数曲を紹介するにあたっては、発表順などではなく自分の好みや、読者の皆さんへの伝わりやすさを基準にした。そういう意味で、最後に締めとして紹介したいと思ったのがこの曲となる。
ベースラインでは同じようなフレーズが最初から最後まで繰り返される。朝、仕事前に聴いてしまうとリピートされて、1日中頭の中が支配されてしまう。その中毒性の強さが、YMOの中にある「ミニマル・テクノ」の特徴であり魅力なのだろう。

